2011年5月31日火曜日
2011年5月30日月曜日
シルバー作品展
今回、初めて「滋賀県シルバー作品展」に応募しました。応募作品は、「大津絵ー鷲」です。この作品は、描かれている内容は、日本画風ですが、画材が、墨汁、水彩絵の具、ポスターカラー、胡粉などを使っているために、「日本画」「洋画」のいずれの部門にするのか不明でした。が、結局、洋画として受け付けられました。
審査結果が出れば、報告します。
審査結果が出れば、報告します。
2011年5月25日水曜日
滋賀県高島市 宝憧院
5月24日、高島市マキノ町海津にある 真言宗智山派宝憧院薬師寺 へ行って来ました。
『真言宗宗智山派宝幢院薬師寺といい本尊は薬師如来座像で、山門は峯山の最勝寺跡に残っていたものを明治31年に移築したものです。
この寺は天平2年(730)に仏地院として泰澄大師が創建したと云われており、その後衰えた時期もありましたが、嘉吉2年(1442)に紀州根来寺の僧、真遍上人が再建し名を宝幢院と改めました。この寺には、大津絵の源流と云われる十王図が21幅あり、室町時代の五大明王図も残っています。また、境内にはこの寺で本能寺の変の後、丹羽長秀(織田信長の武将)に謀殺された若狭の領主武田元明の墓碑があります。』(滋賀県観光情報より)
大津絵の源流といわれる「十王図」を見せてもらいに行ったのですが、「十王図」は、かなり前からこの寺には無いそうです。現在は、虫食いがひどいために、滋賀県に修理を依頼しているそうで、修理後は、博物館に保管を依頼しようと思っているそうです。
後は、マキノ高原へ行き、昼食をとって、銚子が瀧などを見学しました。
それにしても、観光情報は、こまめに更新して欲しいです。
この日は、カメラを持参しなかったので、写真はありません。
この寺は天平2年(730)に仏地院として泰澄大師が創建したと云われており、その後衰えた時期もありましたが、嘉吉2年(1442)に紀州根来寺の僧、真遍上人が再建し名を宝幢院と改めました。この寺には、大津絵の源流と云われる十王図が21幅あり、室町時代の五大明王図も残っています。また、境内にはこの寺で本能寺の変の後、丹羽長秀(織田信長の武将)に謀殺された若狭の領主武田元明の墓碑があります。』(滋賀県観光情報より)
大津絵の源流といわれる「十王図」を見せてもらいに行ったのですが、「十王図」は、かなり前からこの寺には無いそうです。現在は、虫食いがひどいために、滋賀県に修理を依頼しているそうで、修理後は、博物館に保管を依頼しようと思っているそうです。
後は、マキノ高原へ行き、昼食をとって、銚子が瀧などを見学しました。
それにしても、観光情報は、こまめに更新して欲しいです。
この日は、カメラを持参しなかったので、写真はありません。
2011年5月22日日曜日
2011年5月20日金曜日
2011年5月7日土曜日
能
今日午後、大津市伝統芸能会館に、「能の魅力」という能楽体感シリーズプレ企画としての解説、鑑賞会に行ってきました。
観世流「鵺」「龍田」を題材に、能衣装の着方などの解説と実演がありました。
私自身で、小鼓を習っているのですが、今日は、鳴り物は無しでした。その分、能の謡、舞に集中できて、良かったと思います。
観世流「鵺」「龍田」を題材に、能衣装の着方などの解説と実演がありました。
私自身で、小鼓を習っているのですが、今日は、鳴り物は無しでした。その分、能の謡、舞に集中できて、良かったと思います。
2011年5月6日金曜日
登録:
投稿 (Atom)



























